左官職人の役割とは

2007年2月地元三重県の四日市市の現場で、「これは、明らかに地球温暖化のせいやな~」と心配になるほど例年より暖かい日々の中、仲間とともに新築住宅の左官工事をさせてもらっています。このお宅にはもうかれこれ一ヶ月以上通わせてもらっているんですけど、それでもまだ、内部は荒壁のまま、外部をようやく終えたところなんです。それもそのはず、このお宅は外壁・内壁・天井・軒裏等、本当にたくさんの左官仕上げが取り入れられています。ありがたいことやなぁと思っています。普通建物の約8割が壁で仕上がっているんで、そういう意味では左官職人としての役割や責任は大きいと思っています。

そして、これだけ毎日現場におらせてもらうといろんな現場に出入りする職人さんとも仲良くなれて、コミュニケーションが取れるんですよ。これがいいですね。知らないことを教えてもらい、知ってる事を伝える。お施主様の家を職人みんなで一緒に作っているんですね。

特に数奇屋建築の場合、大工、建具屋、表具屋、畳屋など全ての職人・仕上げとの調和が大切なんです。どこが強くてもだめなんですね。いい仕上がりは奥の深い関係からできているんだと実感します。そんな関係を築くために自分ができること・・・、それを考えながら仕事をしています。

そう、もちろん“楽しさ”を忘れずにね。当然現場は厳しいですが、明るさも忘れないようにしています。それは現場に来てもらえれば、よくわかりますから、是非、来てみてください(笑)。

自分にできることとは

15歳からこの道に入り35年近く全力で走り続けてきました。途中、左官仕事が無くなりかけ、正直将来を心配した時期もありましたが、やり続けてきた甲斐あってか、周りの方々の理解をいただき、本当にいい仕事をさせてもらって感謝、感謝の日々を送っています。そうして、最近は三重県だけに留まらず、日本各地の左官仕事に呼んでもらったことで、かねてから感じていた自分の使命を再認識できました。

左官技術を磨くこと、いい材料を捜し求めること、伝統工法を時代にあったようにアレンジすること、それだけではない役割。それは後継者の育成という役割です。それが今の自分にできること、いやしなければいけない使命だと感じる毎日です。その使命を感じることと平行して自分の仕事へスタンスも自然と変わってきました。現場へ関わり方も今が一番いいと考えています。現在よりも前でも後でもなく、今日、この時が最高だと感じています。

今うちにいる職人たちは、親元離れて、“本物の左官職人に!”と日本各地からやってきてくれた、たくましい若者たちです。彼らはほんとうによう頑張っている思います。そんな彼らのためにできることは、いい仕事・本物の仕事に関わらせてあげること、そして“腕”だけではなく、“心”を学んで欲しいと思って一人ひとりに接しています。技術・技能は時が経てば自然に身についてくるのですから・・・。これは、うちの若い職人たちだけではなく、日本全国にいる未来の左官職人たちにも是非そういう機会を!と思い、自分のできることを模索し行動に移しています。

毎日の仕事の中で

今、53歳、あとどれだけのことができるかはわかりません。ですが、日々の仕事の中では、お施主様の期待、大工さんの期待に100%以上応えたいと思ってまっすぐに仕事をさせてもらっています。そんな中で、感じることもやはり“感謝”です。

いつ頃からか、“お施主様も建築家の方や大工さんも私を自由にしてくれている・・”と感じるようになりました。自分の仕事を認めていただいていると実感できることは、職人としては何にも代えられない最高の喜びです。「今まで諦めずにやってきて、本当に良かった。ありがとうございます!」と思わずにはいられません。

そうして、そんなお施主様や大工さんの現場では、自然と他の職人たちのプロ意識も高まり、おのずといい仕事が生まれます。ここで、私たち左官職人の出番です。現場にずっとはいられないお施主様、木工事が終われば一旦現場を離れる大工さんに変わって、長く現場で仕事をする左官職が現場の建築ナビゲーターになり、いろいろな人との架け橋になれば!と思い仕事をしています。

あと一つ、別の感謝の理由があります。それは・・・「私の元に来てくれた若い職人たちに、こんなすばらしいお施主様、大工様、その他多くの職人さんたちとの出逢いを経験させてあげることができて、本当に良かった。」と思うからです。彼らが今後、一人で左官職人として仕事をし始め、迷ったり、くじけそうになった時、このような貴重な出逢いの経験は大きな助けとなるはずです。私一人で経験させてあげられるものではありません。本当にありがとうございます。

多くの期待・感謝に応えられるよう、一日一日、自分にできることを全力でやりきっていこうと思います。